「侘び寂びの心」を大切にして今を生きる。




日本にはその昔「侘び寂び」という文化が存在していた。現代では「侘び寂び」という言葉を聞くことすら少なくなっているが、その文化も今ではほとんど消えてしまっている。

実際、多くの人は侘び寂びについての知識はほとんど持っていなく、はじめて耳にしたという人も少なくないだろう。しかし、侘び寂びについて理解し、侘び寂びの心を大切にして生きることは、現代人にはとても大切なことだと私は感じている。

 

昔から日本には禅の文化が根づいているが、昨今の日本の無気力状態や諦めモード、創造力の欠如からチャレンジ精神の減退といったことを考えると、侘び寂びの心をはじめ、禅の心を再び日本人に目覚めさせることができれば、多くの問題を抱える社会もいい方向へと向かっていくのではないかと思うのだ。

ここでは、日本人が大切にすべき「侘び寂びの心」について詳しく解説していく。

 


侘び寂びとはなにか?

さきほども述べたように、おそらく「侘び寂び」と聞いても頭に「?」マークが浮かぶ人のほうが多いと思うので、まずはWikipediaに書いてある「侘び寂び」と「侘び」「寂び」両方の概念について見てみよう。

 
■侘び寂びの意味

わび・さび(侘・寂)は、日本の美意識の1つ。一般的に、質素で静かなものを指す。本来侘(わび)と寂(さび)は別の概念であるが、現代ではひとまとめにされて語られることが多い。

引用:わび・さびーwikipedia

 

現代では上記のような意味で「侘び寂び」という概念が説明されている。この定義を現代の生活に応用して考えると、現代人の価値観のど真ん中に配置している拝金主義という思想を捨て、今自分が手にしているものの中に満足を見出し、自然的なモノの中に趣(おもむき)を感じる美意識。と解釈することができる。

ここで注意すべき点は、侘び寂びは決して我慢して質素な生活をするわけではないことだ。美意識を身につけた上で、あくまでも自然に質素な生活を求めるようになることが大事なのだ。

 

侘び寂びについて語られるときには、「質素な生活」「欲を持たない生活」といったように勘違いされることが多いのだが、それは侘び寂びの心を本当の意味で理解してはいない。

人間にとって欲求や欲望は完全に排除できるものではないし、排除すべきものでもない。欲望が一切ない生活は質素よりも無味乾燥としたものになるだろう。大事なのは、欲望に振り回されないことであり、持つべき欲をしっかりとコントロールし、必要以上に求めないことなのだ。

 

「侘び」に込められている意味

侘び寂びという言葉は、一つの概念のように考えられえることが多い。

たしかに、侘び寂びは一つの概念として考えるだけでも有益な思想であり、多くの人に役立つものとなるだろう。しかし、本当に侘び寂びの心について理解したいのであれば、「侘び」と「寂び」それぞれに込められている意味について知る必要がある。

「侘び」の意味は以下のとおりだ。

侘(わび)とは、「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」のことをいう。

引用:わび・さびーwikipedia

 

侘びの本質は「足るを知る」ということである。つまり、今自分が手にしているものの中から、心の充実を得るということだ。

実際、多くの人たちは今の自分に足りないものばかりに目を向け、欲しいものばかりを求める。まるで、今手にしていないものを手に入れれば、幸せになれるとでも思い込んでいるかのように。

 

しかし、心の充実というものは、決して外部からもたらされるものではない。たとえたくさんのモノを買っても、お金をたくさん稼いでも、心が貧相であればどこか満足しない人生になってしまう。心の充実は自分の内面の意識によってもたらされるものなのだ。

「侘び」という言葉は、自分の意識を今手にしているものに向け、そこから幸せを感じる心こそ、本当の心の充実である、ということを私たちに教えてくれる。

 

「寂び」に込められている意味

「侘び」に込められている意味が、今手にしているものに幸せを感じ、心の充実を得るというものであれば、それに対し「寂び」という言葉にはどういった意味が込められているのだろうか。

「寂び」の意味は以下のとおりだ。

寂(さび)は、「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」をいう。

引用:わび・さびーwikipedia

 

寂びという言葉に込められている本質は、「美意識」である。これは「侘び」の意味を生かすためにも必要なものであり、今手にしているものから心の充実を得る「侘び」に気づくために「寂び」の美意識が必要だということだ。

つまり、侘びと寂びはコインの表と裏のように切っても切れない関係であり、侘びが寂びを生かし、寂びが侘びを生かしているのだ。だからこそ、侘び寂びは一つの概念としてとらえられることが多いのである。

 

寂びの美意識は、感受性が高い人ほど持っているといっても間違いではなく、何気ない日常から喜びや幸せを感じたり、ただそこにあるものに美しさを感じるという奥深い意識が核となっている。

よく「幸せは手にするものではなく、気づくもの」と言われるが、寂びの美意識はまさにそのことを体現しており、閑寂さの中に美しさを見出すことこそ、人間の幸せなのである。

 


これからの時代に必要な「侘び寂びの心」

日本独自の概念である「侘び寂び」がこれからの時代において重要なのは、現代がこれからどんどんテクノロジーの時代になっていくからである。2020年以降の世界には5Gが普及し、それにより文化や社会や時代などが大きく変わることになるだろう。

平成も終わりを迎え、令和という新しい時代を迎えた日本が、新しい時代に進むには今が絶好の機会であり、テクノロジーが進歩し現代人の生活の中にどんどん入り込んでいくことで、人は機械からどんどん取り残されていく。

 

もはや社会の中で何が起きているのかは一般人にはわからなくなり、AI技術や人工知能の発達により機械と人間の違いもわからなくなるだろう。

こうした、テクノロジーと自然が融合した状態のことを、「現代の魔法使い」と呼ばれる落合陽一氏は「デジタルネイチャー」と定義しており、これからテクノロジーは偏在的に私たちの生活の中に無意識的に介入していくと述べている。

 

私が「侘び寂び」というが概念について深く考えるようになったのも、落合陽一氏から影響を受けたことがきっかけであり、「未来に対して必要なのはどんな意識か?」を追求した結果、侘び寂びの心という答えが自分の中に生まれたのである。

 

「侘び寂びの心」を大切に今を生きる

人工知能が進化した時代において、生活の中で充実感や幸福感を感じるには、モノや機械に依存することなく自分自身の中に充足を見出すしかない。そのために役立つのが、侘び寂びの心であり感性であり美意識なのである。

欲求に従ってモノを追い求めるのではなく、自分の感性や美意識と向き合うことで喜びや趣を感じる。コンピューターが現代人の生活の中に入り込んでくる時代ではこの感性こそが重要になってくるのだ。

 

侘び寂びの心を大切に持ちながら生きることで、一時的な感情に振り回されることも、必要以上に欲望に溺れることもなくなるだろう。

今自分が持っているものに美しさと価値を感じ、自然的なモノの中に趣を感じる。それだけで人は充実した日々を送り、幸せに生きていけるのである。

 

現代は情報社会と呼ばれ、情報の流れがとてつもなく早い時代であるが、私たちにとって重要でありかつ大切にすべきことは、SNSの中にあるのではなく昔の文化の中にあるのだ。

未来のために行動するには、過去から学ぶ姿勢を持つことがなによりも大切なのである。

 

【まとめ】侘び寂びから心の充実を学ぶ

侘び寂びの心は、人生の中に多くの喜びを与えてくれる。

実際、人間の幸せなんてものはとてつもなく遠くあるように感じて、いつもすぐそばにあるものである。誰もが気づかずに通り過ぎる毎日の中にも、見える人には幸せがちゃんと見えている。

 

幸せが見える人と見えない人の違いは、心が充実しているかどうかだ。そして、心の充実を得るために役立つのが、ここで解説してきた「侘び寂びの心」である。

侘び寂びの心はお金を出せば買えるものでも、街中で売られているものでもない。それは自分の意識の中にあり、誰でも今この瞬間から侘び寂びの心を持つことができる。ただあなたが持とうとすれば。

 

侘び寂びという言葉は人によって解釈が異なっていることがあるため、もっと深く知りたい人は自分の手で侘び寂びについて学んでみるのがいいだろう。

以下に侘び寂びの心を理解するのにおすすめの本を紹介しておく。興味ある人はぜひ一読してみてほしい。

 

■Wabi-Sabi わびさびを読み解く/レナード・コーレン

Wabi-Sabi わびさびを読み解く for Artists, Designers, Poets & Philosophers

Wabi-Sabi わびさびを読み解く for Artists, Designers, Poets & Philosophers

■禅と日本文化/鈴木大拙
禅と日本文化 (岩波新書)

禅と日本文化 (岩波新書)

おしまい。








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