【アパテイアとは?】情念を手懐けるストア派のアパテイア。




古代ギリシャ・ローマの世界には数多くの哲学が存在していた。その中でも、ヘレニズム期と呼ばれる時代には現代においても生き方の指針になるような学派の哲学が非常に多く存在していた。

たとえば、どこまでも自然に即した状態で生きることを説いた「キュニコス派」や、論理の思索を追及する「メガラ派」、一時の快楽を追求することを目的とした「キュレネ派」など、古代ギリシャ・ローマ世界では人生や生き方についてどの時代よりも多く議論されていた時代でもあるのだ。

 

そうしたヘレニズム期における大きな影響力を持つ哲学の一派として「ストア派」がある。ストア派は、ヘレニズム期を代表するほかの学派、「エピクロス派」やプラトンの「アカデメイア派」、アリスとテレスの「ペリパトス派」と並んで四大学派とも言われている。

実際、ストア派は近年多くの人たちから注目されている哲学であり、その中でもストア派の核となっている思想である「アパテイア(不動心)」について興味を持っている人がかなり増えている。

 

ここでは、ストア派の「アパテイア」について詳しく解説していく。



ストア派の「アパテイア」とは?

さきほども述べたように、近年ではストア派の思想が世界中で注目されており、古代ギリシャの哲学が現代において再び人生を生きる指針として役立つものとなっている。

ストア派は「ストイック」という言葉の語源にもなっており、よく「禁欲主義」と勘違いされることが多いのだが、ストア派が唱えているストイックは決して人間の欲求や欲望のすべてを否定しているわけではない。

 

ストア派が説いているのは「欲求のコントロール」であり、すなわちパトス(情念)がない状態こそが人間の生き方としてもっとも理想的だと述べているのだ。

つまり、ストア派の「アパテイア」とはパトスを克服し、欲求や欲望、一時の感情などによって振り回されない精神的な境地のことである。アパテイアは日本では「不動心」といわれており、その字のとおり「情念によって心が動かされない状態」のことを表している。

 

しかしさきほども述べたように、ストア派のアパテイアは人間の欲求や欲望、感情のすべてを否定しているわけではない。欲求や欲望は人間において不可欠なものであり、一切の欲求がなくなれば人間は死んでしまうだろう。

ストア派が否定しているのは、欲求や欲望、一時の感情に振り回されてしまうことであり、アパテイアは自分の情念をしっかりコントロールすることで、心の平穏を実現しようとするものである。

 

感情のコントロール

人生では毎日さまざまな出来事に直面する。

仕事や学校での人間関係にはじまり、毎日思い通りにいかないことがたくさん起き、中には腹立たしいことからイライラすることまでいっぱいあるだろう。

しかし、自分の身に降りかかる出来事の大半は、結局のところ自分ではどうしようもできないのが事実だ。ストア派のアパテイアでは、そうした外的な出来事、自分でコントロールできない出来事に振り回されるな、と戒めている。

 

たとえば、好きな人に好きになってもらいたくても他人の心は自分では変えられない。仕事の残業にイライラしたとしても、一日の仕事量は自分の意志で勝手に変えることはできない。車の渋滞や電車の遅延も、あなたがたとえどれだけ急いでいて、どれだけ周りに怒鳴り散らかそうが解決されるわけではない。

こうした「自分の力でコントロールできないもの」をコントロールしようと思うからこそ、多くの人たちは日常生活でストレスを溜めてしまうのだ。

 

ストア派のアパテイアは、自分でコントロールできないものは成り行きに任せ、コントロールできないものに対する自分の心のコントロールに力を注ぐ。つまり、自分の感情の手綱を握るというわけだ。

ストア派の人々は自分の死や財産の没収という出来事に対しても、取り乱すことなく平常心を保っていたといわれている。現代では命の危険や財産の没収はまずないだろうが、外的な出来事に振り回されないメンタルは、ストレスまみれの現代人の生活には非常に有益となるはずだ。

心の平穏

ストア派の人々は、自分でコントロールできるものとできないものを見極めることが大事だと述べている。それが、ストア派の目標であるアパテイアを実現する核となるのだ。

自分でコントロールできないものに対する考え方や捉え方は、自分次第でいくらでもコントロールすることができる。さきほども述べたように、仕事が忙しいからと文句や愚痴を言ったところで仕事量が減るわけではない。行きたいお店が込んでて入れないからといってイライラしても何も変わらない。

 

自分でコントロールできないものに対しては、自分が何を思おうが何も変わらないのである。それよりも、理性で自分の感情をしっかりとコントロールし、心を平穏にすることを考えるほうがよっぽど合理的で気分もすがすがしくなるだろう。

自分の心が乱れ、激怒したりイライラしたりするのは、自分ではどうしようもできないこと、自分ではコントロールできないものをコントロールしようとしていることが原因なのである。心の平穏を実現する鍵は、感情のコントロールにあるのだ。

 

アパテイアとアタラクシアの違い

ストア派のアパテイアという思想は、よくエピクロス派の「アタラクシア」という考え方と比較されることがある。

ストア派のアパテイアは、自分にコントロールできないことは潔く諦め、自分にコントロールできるものにだけ力を注ぎ、欲求や欲望、感情といった情念を手懐けることで心の平穏を実現するという思想だ。

 

一方、エピクロス派のアタラクシアは、できる限り世間から遠ざかった隠遁生活を送り、自分にとって本当に大切な人たちと友情や愛情を育み、心と人生の充実を実現するという思想である。

ストア派は情念のコントロールに重きを置いているが、エピクロス派は情念から快楽を得ることを目的としている。そのため、よくストア派は禁欲主義、エピクロス派は快楽主義と対比されるのだ。

 

しかし、基本的にストア派のアパテイアもエピクロス派のアタラクシアも、根本的な核としての部分は共通しており、どちらも「心の平穏」「人生の充実」を目的としている。

ストア派の人々もエピクロス派の人々も、「人生をより良く生きるためにはどうすればいいか」を追求しており、アパテイアもアタラクシアも人間として理想的な生活を送るために役立つ思想となっているのだ。



ストア派とアドラー心理学

古代ストア派の哲学者であるエピクテトスは、「人々を不安にするものは出来事そのものではなく、出来事についての私たちの判断だ」という言葉を残している。

これは簡単にいうと、人が怒りや悲しみ、苦しみや絶望を感じるのは出来事そのものが自分を不幸にしているわけではなく、出来事に対する自分の考え方により不幸になっているということだ。

 

外出していて雨が降ってきたときに、「なんで降ってくるんだ」と自分ではどうしようもできないことに対してイライラするのか、「雨が降ってきた。傘を差そう」とだけ思うのとでは、心の状態にかなりの差が生まれるだろう。

エピクテトスはストア派のアパテイアを実践し、「自分でコントロールできるものとできないものを、しっかりと区別せよ」と述べているのだ。

 

だが、この考え方はストア派独自のものではなく、近年注目されている心理学者である、アルフレッド・アドラーの「嫌われる勇気」という本の中でも「課題の分離」という考え方で紹介されている。

アドラーは以下のように述べている。

まずは「これは誰の課題なのか?」を考えましょう。そして課題の分離をしましょう。どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのか、冷静に線引きするのです。

そして他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。これは具体的で、なおかつ対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めた、アドラー心理学ならではの画期的な視点になります。

出典:第2回他者の期待を満たすために生きてはいけない | 嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

これはストア派の考え方である、「コントロールできるものとコントロールできないものをしっかり区別せよ」と同じ意味合いである。

他人の心は自分にはどうしようもできない、だからそんなことは気にする必要はなく、自分は自分のことだけに集中せよ、ということだ。

 

【まとめ】アパテイアはより良く生きる鍵

ここではストア派が目標としている境地である「アパテイア」について詳しくまとめてきた。

アパテイアはストア哲学の中で核となっている思想であり、「自然に従って生きる」「運命に従う」「感情をコントロールする」といった、ストア派が目的としている理想を実現するために必要なものである。

 

実際、人生は欲求や欲望に振り回されてしまうとロクなものにならない。一時の感情に振り回されて後悔してしまうことも少なくないだろう。

ストア派のアパテイアは、そうした人生の後悔を減らすために役立つものであり、アパテイアの実現こそがストア派の人々の間では本当の幸せであると信じられていた。

 

現代人の生活は複雑で疲れることが多いが、古代ギリシャのストア派の人々たちから生き方を学ぶことで、少しでもより良い人生を生きるきっかけとなるだろう。

 

おしまい。








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