自分の人生がつまらないものに感じるのはなぜか?




あなたは自分の人生がつまらないと感じたことがないだろうか。

よく、現代は昔に比べて豊かになり、やろうと思えば何でも挑戦できる時代になったといわれているが、実際に現代でやりたいことをやって生きている人はとても少ない。というよりも、むしろやりたくないことをやって苦しんでいる人のほうが多いのが事実だ。

毎日仕事に追われ時間に追われ人間関係に追われていると、「自分の人生はこんなものなのだろうか」「人生はつまらない」と思い悩んでしまうことも多い。昔にはできなかったことが何でもできる時代になったのにも関わらず、だ。

 

しかし、自分の人生がつまらないものだと感じるのにはいくつか理由がある。今現在、自分の現状に不満を抱いていたり、人生がつまらなく感じている人の多くにはいくつかの共通する原因があるのだ。

ここでは、「自分の人生がつまらないものに感じるのはなぜか?」について深く掘り下げていく。

 


自分の人生はつまらない

「自分の人生がつまらないものだと感じるのはなぜか?」という疑問に答えるには、まず前提として「人類がどうやって進化してきたのか?」について目を向けなければならない。

というのも、人生がつまらないものだと感じるのは、昔と比べて極端に刺激がなくなっているからなのだ。

 

世の中のほとんどの人たちは人生でリスクのある行動をとることが好きではないだろう。自分がする行動により、何かしらのマイナスの要素があるとわかれば、できるだけ行動を起こさないように慎重に選択をおこなうようになる。

たとえば、何か新しい仕事をはじめようとしたときは、まずは成功の確率と失敗の確率を考えた上で、仕事をはじめるに至るまでどれぐらいのコストがかかるのか、あるいは、失敗することによりどれぐらいの影響が自分に降りかかるのかについて考えるはずだ。

 

そうした、自分の中に存在するリスク評価審査員の目を潜り抜けたものだけが、現実の世界で実際にリスクの伴う行動をすることになる。もちろんリスクを考慮した上で、成功よりも失敗の確率が高かったとしても、失敗によって降りかかる影響が大したものでないのであれば、リスクをとる行動を選択するときもある。

逆に成功する確率が高くても、失敗によって降りかかる影響が自分の人生全体に大きな影響を及ぼすのであれば、リスクを回避する選択をするだろう。

 

人間にはこのように、リスクをとるか回避するかといった考えが常に頭の中に存在し、自分の行動のほとんどが実はリスクによってコントロールされているのである。人類が現代まで生き延びているのは、こうした自分に降りかかるリスクを回避するセンサーが備わっているからこそなのだ。

しかし、昔より命の危険がない現代において、人生の選択の中でリスクを回避してばかりいると刺激がまったくない人生となってしまう。これが自分の人生がつまらないものに感じる根本的な心理要因である。

 

安定を求めすぎている

さきほども述べたように、人は誰もが意識せずとも、自分にとってのリスクを無意識的に計算しながら毎日選択と決断をおこなっている。

お腹が減ったときに甘いケーキを食べるか否か、それによって太るというリスクを許容できるか否か、恋人にバレずに浮気をするか否か、バレたときの影響とバレずに終わったときの影響の大きさなど。

 

リスクを許容するか否かという問題は、決して確率だけで語れるものではなく、リスク自体の影響の大きさも関係している。自分にとって許容できるリスクはどういったものなのか、ある人にとっては大したリスクでなくても、自分にとっては人生に大きな影響をもたらすリスクになる可能性もある。

一人ひとり何にリスクを感じるのか、どういったリスクなら許容できるのか、どういったリスクは回避すべきなのかはまったく異なるだろう。そうした人生の選択は自分で選ばなければならない問題ではあるが、はじめでも述べたように、世の中の大多数の人はリスクをとることが好きではない。

 

たとえ成功の確率が80%あったとしても、成功する理由ではなく20%の失敗の確率から降りかかる影響にばかり集中してしまうのだ。ほとんどの人間は過剰にリスク回避的なのである。

これは行動経済学者であるダニエル・カーネマンが「プロスペクト理論」と「損失回避性」という概念で述べているものであり、人間は利益よりも損失のほうを強く感じる傾向があり、嬉しい出来事よりも悲しい出来事のほうを2倍強く感じるのだ。

 

もちろん、多くの人は「損失回避性」という言葉は知らないだろう。だが、人間は本能的に損失を回避する行動を無意識のうちに選択している。それが結局のところ、人生を無味乾燥したものにし、毎日から刺激というスパイスを取り除き、人生をつまらないものにしてしまうのだ。

つまり、現代人は過剰に安定を求めすぎているからこそ、自分の人生がつまらないものに感じるのである。

 

刺激がない人生

人が人生の選択や決断において、損失を回避する傾向、過剰にリスクを回避する傾向があることは紛れもない事実だが、そうした傾向性は人生が生きる価値に値するものになるか、生ける屍のような人生を歩むかを決定づけるものとなる。

現実としてほとんどの人がリスク回避的になっているとはいえ、過剰なまでにリスク回避的になってしまうと、人生で何一つ行動できなくなってしまうだろう。

 

外を散歩しているときにすれ違った人からいきなり刺される可能性はゼロではないし、車がいきなり自分に向かって突っ込んでくるかもしれない。旅行に行くときに乗る飛行機がシステムトラブルを起こして墜落する可能性もゼロではないし、明日自分が住んでいる地域で大地震が起こるかもしれない。

私たちの人生は基本的にリスクの上に成り立っているのであり、常にダイナマイトの上であぐらをかいているような毎日を生きているのだ。いつ爆発するかもわからない爆弾の上にいながらも、今日は大丈夫、明日も大丈夫といったように、希望的観測を抱きながら人生を作り上げている。

 

そうした人生から刺激とリスクを排除するとどうなるか。

過剰にリスクを恐れ、損失を回避する方向ばかり選択をおこない、人生から刺激をゴッソリと取り除いてしまえば、日常生活で甚大な被害を受けることは減るかもしれないが、その代わりに「満足感」「達成感」「充実感」という人生を生きる上で大切なものを失ってしまう。

そうした状態になったときに、人は人生を無味乾燥としたものに感じ、何をしてもやる気が出ず、人生はつまらないと感じてしまうのだ。自分の人生がつまらないものだと感じるのは、日常生活にリスクという刺激がなくなっているからなのである。

 


つまらない人生をおもしろくする方法

ここまでは、自分の人生がつまらないものに感じる原因について述べてきた。

もちろん、人によってはほかの理由により自分の人生がつまらないものになっていることもあるだろう。仕事ばかりの毎日だったり、お金がなかったりするだけでも、人は自分の人生がつまらないものだと感じてしまう。

 

だが、使い古された言葉ではあるが、結局は人生をつまらないものにするか、おもしろいものにするかは自分次第である。たとえ今、自分の人生がとてもつまらないものだと感じていたとしても、意識と行動次第で人生をおもしろくすることは可能なのだ。

ここからは、つまらない人生をおもしろくする方法についていくつか紹介していく。

 

リスクをとって刺激を与える

何度もいうように、人生はリスクという名の刺激で成り立っている。

刺激のない人生はソースのないパスタのようなものであり、人生を生きてく上で大切な喜怒哀楽を感じることができなくなる。人間にとってもっともつらいことは退屈であり、退屈な人生は生きる意味がない。

 

その退屈を紛らわすためにリスクという概念が存在し、自分にとってちょうどいいリスクを許容しながら、人生に適度な刺激を与えながら生きるのが人生をおもしろくするコツである。

リスクをとることが好きな人はとことんリスクを追及する生き方をするだろうし、リスクをとった上で何かしらの成功を掴むことができれば、頭の中にアドレナリンがドバドバ放出されるだろう。

 

私たちはリスクをとることで人生に刺激を与え、リスクを許容しているからこそドキドキ・ワクワクした経験をすることができるのだ。リスクを回避して刺激を排除した選択しかしない人の心はどんどん廃れていく。

そもそも私たちが住んでいる世界には安定などどこにも存在せず、常に不安で満ちた不安定で不確実な世界に住んでいるのだ。リスク回避的な人間は回避した気になっているだけであり、実際にはダイナマイトは自分のすぐそばにたくさん転がっている。

 

人生をおもしろくするには、毎日の日常に刺激を与えることを忘れずに、安定した生活ではなく、刺激とリスクがほど良くスパイスされた人生を歩むことが大事である。

 

熱中できるものを見つける

近年、プロゲーマーやらYouTuberなどの新しい職業が生まれたことにより、「やりたいことをやろう」「好きなことで生きよう」といったフレーズをよく耳にする。しかしそれは、人生をおもしろくするためには好きなことで生きなければならない、というわけではない。

実際、人生をおもしろくしたいのなら、ただ時間を忘れて熱中できるものを見つけるだけで十分なのである。「好きなことで生きよう」「やりたいことで生きよう」というのはいたってビジネステイストな言い分であり、生き方を誘導することでお金を儲ける人間が陰に隠れているのだ。

 

しかし、自分の人生がつまらないものだと感じていても、そこから抜け出すのに「好きなことで生きる」必要はない。誰だって何かしら熱中できるもの、没頭できるもの、時間を気にせず夢中になれるものが何か一つあるだろう。

人は自分が熱中できるものに集中しているときは、人生につまらなさを感じたりはしない。楽しいことをしているときにわざわざ「なんでこんなことしてるんだ?」とは考えないように、楽しいことや熱中できることに集中してさえいれば、人生はそれなりにおもしろいものになるのだ。

 

最近は「やりたいことがない」「熱中できるものがない」という人も増えてきているが、それは「好きなこと」と結び付けているからわからなくなっているだけである。好きなことがない人はいたとしても、やりたいことがない人はいないのだ。

ただ音楽を聞く、ゲームをする、映画を見る、YouTubeを見る、散歩をする、旅行をする、読書をする、勉強する、マンガを読む、ゴロゴロする、スポーツをする、筋トレをする。一日の中でまったく何一つしない日はないだろう。意識せずとも自然にやっていること、それこそあなたが熱中できるものでもあるのだ。

 

人間関係を充実させる

人生をおもしろくさせる方法の最後は、「人間関係を充実させる」だ。

実際、人生でもっとも楽しいものは何かと聞かれれば、多くの人は友達と遊ぶ時間、恋人と過ごす時間、家族と一緒にいる時間だと答えるだろう。もちろん、人によっては人間関係が苦手で、できるだけ一人でいたいという人もいる。

趣味に没頭しているときが一番楽しいと答える人もいるだろうし、友達も恋人もいらない、人間関係なんてめんどくさいだけだという人もいる。何に楽しさを感じるのかは一人ひとり違っているため、一概に「人生でもっとも楽しいのはこれです!」と言えないのが事実である。

 

しかし、たとえ人間関係に苦手意識があったとしても、誰もが心の奥底で人間関係の大切さについて理解しているだろう。子どもの頃は何も考えずに友達と遊ぶことが楽しくて仕方なかったように、はじめて恋人ができたときに、一緒に時間を過ごすことが幸せで仕方なかったときのように、誰もが人生の中で一度は人間関係で楽しさや幸せを感じたことがあるはずだ。

人間関係はとてもめんどくさいものだ。他人は自分の思い通りにはならないし、時には裏切られることもあるだろうし、友達が多いことが人生の幸せにつながるわけでもない。だが、人間関係を充実させることは、人生をおもしろくするには不可欠である。

 

おそらく、今現在自分の人生がつまらないものだと感じている人は、人間関係がうまくいっていない人が多いはずだ。それなりに良好な人間関係を築くことができていれば、それなりに満足した日々を送ることができる。結局のところ、人生がつまらないのは人とのつながりが希薄になっているからにほかならないのだ。

とはいっても、自分の意思を押し殺してまで人間関係を求めるのもよくない。本心で人間関係はいらないと思っているのであれば、それがあなたの人生にとって正解なのかもしれない。だが、忘れてはならないのは、人間関係が本気でいらないと思っている人は、おそらく自分の人生がつまらないものだとは感じたりしない。つまり、人生がつまらないと感じている時点で、あなたは人間関係を求めているのだ。

 

多くの人にとって、人間関係の充実は人生の充実をもたらす。自分の人生がつまらないものだと感じている人は、まずは自分の周りにいる人たちと良好な人間関係を築いてみるのがおすすめだ。

 

【まとめ】人生のつまらなさは自分次第

ここでは、自分の人生がつまらないものに感じる原因から、つまらない人生をおもしろくする方法についてまとめてきた。何度も述べているように、現代では自分の人生がつまらないものに感じている人が多い。毎日同じことの繰り返し、代わり映えしない毎日、人生はつまらない、そう感じている人が若い人を中心に増えているのだ。

しかし、人生は決してつまらないものなどではなく、ただ自分がつまらないものに感じているに過ぎない。そして、感じ方というのは自分でいくらでも変えられるものなのである。

 

ここで紹介してきた方法は、実際に私が自分の人生がつまらないものに感じていたときに、何とか人生をおもしろくしようと試行錯誤し、実践してきたものだ。そのため、すべての人が同じことをして人生をおもしろくできるわけではない。人生の感じ方は人それぞれだからだ。

だが、今現在自分の人生がつまらないものだと感じている人は、ここで紹介してきた方法をぜひ実践してみてほしい。それで人生がおもしろくなれば儲けものであり、変わらないのであれば、また自分なりにおもしろくなる方法を探せばいいだけなのだから。

 

おしまい。








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