人生の生き方がわからない時にするべきこと。




現代では人生の生き方に悩み、迷い、どう生きればいいのかわからずに苦しんでいる人がたくさんいる。

高校⇒大学⇒就職と、普通の人生といわれている道をそのまま歩んでいるにも関わらず、多くの人が自分の理想と現実のギャップに悩み苦しんでいるのだ。

「自分の人生はこんなものなのか」

「もっといい生き方があるんじゃないか」

親や学校の先生は「道」は教えてくれても人生の「生き方」までは教えてはくれない。一般的な教育というのは、ただ世間的に「安定」といわれ「常識」といわれている道を歩ませることだけを目的とし、道を選ばせたあとの生き方においては「勝手に生きろ」というのが現代の教育方針である。

これでは大人になった後に、ふとした瞬間に人生の生き方がわからずに悩んでしまう人が現れるのも当然である。ここでは、人生の生き方がわからない時にするべきことについてまとめていく。

 


人生の生き方

人生の生き方について考えるときは、まず前提として「生きること」について考える必要がある。

誰もが知っているように、日本では小中学校は義務教育であり、身体的や経済的な理由がない限りは学校に通うことが義務とされている。しかし、人生の中の学校というコンテンツは義務化されていても「生きること」については義務化されているわけではない。

 

つまり、言い方は悪いかもしれないが、結局のところ生きるも死ぬも自分次第なのである。私たちは生きる「権利」を持っているだけであり、生きることを「義務」として生きているわけではない。だからこそ、親や学校の教師は「人生の生き方」までは責任を持って教えてはくれず、多くの人たちが大人になった後で自分の生き方に迷ってしまうのだ。

人は物事を押しつけられるのが嫌いであり、「あれをやれ」「これをやれ」とグダグダ他人に命令されたり、「こうしなければならない」という物事に素直に従うのが苦手だ。しかし、だからといって人生の生き方についてなにも教えずに、社会の波の中に放り出してしまえば、どう生きればいいのかわからなくなってしまう人が出るのも当然である。

現代人が抱える「人生の生き方の悩み」は、いわば現代社会が作り出しているともいえるだろう。

 

人生や生き方に迷ったとき

さきほど述べたように、生きることが人間の義務ではないのだとすれば、人間には「生きる」か「死ぬか」の2択が存在する。だが、そこで「死」を選択するのは何が何でも避けるべきであり、生きることが義務化されていないとはいえ、命を自らの手で手放してはいけないことは誰もが理解しているはずだ。

そのため、生き方に迷ったときはまずは「生きる」と決めてしまうのがいいだろう。

 

人生の生き方に迷っていたとしても、とりあえず「生きる」と決めてしまえば、後は「どう生きるか」という問題に集中することができる。たとえば、生きることを選択し、生きているだけで丸儲けという考え方を持つことで、死なない限りは人生で起こるすべての物事をプラスにすることもできるのだ。

そうすると、たまにやってくる悲しい出来事やつらい出来事、怒りや苦しみといったことをどれだけ経験しようと、生きているだけで丸儲けなのだから決して人生自体がマイナスになることはない。

 

現代人は人生に何かしらの夢や目標を持ったり、休日などに何かしらの意味があることをしなければいけない義務を背負ってるかのように生きている。これが生きづらさの原因でもあり、人生の生き方がわからなくなってしまう原因でもあるのだが、まずは死なない限り生きているだけで丸儲けだとマインドセットしておくことで、「どう生きるべきか?」といった問題の答えも見つけやすくなるだろう。

人間は誰もが「ただ生きているだけ」ですでに価値のある存在なのだ。

 

自分はどう生きたいのか?

人間にとって生き方というのは、選択肢のひとつに過ぎない。そのため、たとえ間違った生き方を選択したとしても、また別な生き方を選択すればいいだけのことであり、人生で一つの生き方しか選べないということはない。

誰もが一度は他人に憧れたことがあるだろう。

「自分もこの人のようになりたい」

「この人みたいな生き方がしたい」

生き方がわからなくなっている時は、一度自分が憧れている人の人生と、自分の人生を照らし合わせてみるのもいいだろう。さきほども述べたように、たとえそれで「間違った」「失敗した」と感じても、また別な生き方を選択すればいいだけである。

 

人の生き方は人の数だけある。誰もが自分に合った生き方をし、誰もが自分の価値観に従ってどう生きるかを考えることが大事なのだ。生き方にはある程度「向いてる」「向いてない」は存在するかもしれないが、そこに「正解」や「間違い」が存在するわけではない。

たとえ悪いことをしてお金儲けをする生き方を選んだとしても、その生き方を選ぶことはその人にとっては善かもしれず、「間違っている」というのは世間的な反応でしかないのだ。もちろん、そうした生き方を推奨しているわけではない。

結局のところ、どう生きるかは自分で考え、最終的には選んだ生き方を正解にしていくしかないのである。

 


人生の生き方がわからない時にするべきこと

毎日同じ日々を繰り返していれば「人生こんなもんか」と思うときもあるだろう。しかし、人生を「こんなもん」にするのか「充実したもの」にするのかは自分次第でいくらでも変えることができる。これは綺麗事などではなく真実である。

若い人はまだ何十年かしか生きていないのに、まるで人生のすべてを悟ったかのように「人生こんなもんだよね」という人がたまにいるが、人生は決して「こんなもん」などではない。それは結局、自分自身が「こんなもん」な存在なだけである。

 

好きでもない仕事を毎日こなし、付き合いたくもない人間関係を構築し、寂しさを紛らわせるためにやりたくもない遊びに付き合う。人生の生き方がわからなくなる原因は、「こんなもん」の自分が、人生を「こんなもん」にしているだけである。

ここからは、人生の生き方がわからない時にするべきことについて紹介していく。人生の生き方に迷っている人や生き方がわからなくなっている人は目を通してみてほしい。

 

価値観に従って生きてみる

まず第一として、人生の生き方がわからない時にするべきことは、自分の価値観をしっかりと理解し、価値観の優先順位に従って生きることである。

価値観というのは、自分が人生において何を大切にしているかという核の部分であり、価値観に従う生き方というのは、自分が大切にしているもの、大事にしたいもの、絶対に譲れないものをもっとも最優先に考えて生きるということだ。

 

たとえば、お金に価値観を置いているのであれば、とにかくお金をたくさん稼ぐ生き方をする。趣味に没頭することが生きがいな人は、毎日趣味に没頭できる時間を大切にする。仕事が大事だという人は、仕事で結果を出すことに集中する。

自分の価値観と生き方がぴったりと一致していれば、生き方に疑問を感じることも人生につまらなさを感じることもない。結局のところ、生き方がわからなくなってしまう人は自分の価値観を見失い、他人の価値観や世間の価値観に流されて生きてしまっているのが原因だ。

 

人生の生き方に迷ったときは、まずは自分の価値観について考え、価値観に従った生き方をしてみよう。もし違和感を感じたなら、その都度再び自分の価値観を見直し、生き方を修正すればいいだけの話なのだから。

 

ひたすらインプットをおこなう

人生の生き方がわからなくなった時は、一定期間ただひたすらインプットをおこなうのもおすすめだ。

インプットというのは、情報を自分の中に仕入れるということであり、ここでは人生に役立ちそうなありとあらゆる情報をとにかく頭の中に詰め込んでしまおうという方法である。というのも、人は自分が知らない生き方については考えることができないため、生き方がわからない時はとにかく視野を広げることが大事なのだ。

 

インプットの方法としては、音楽でも映画でも読書でも何でも構わない。たくさん人と会うでも、旅に出てみるでも、やったことがないことに挑戦するでも、興味があることに片っ端から手を出すでも、まずは何よりも経験を通して頭の中にインプットをおこなうことが重要だ。

不思議なことに、インプットが多ければ多いほど、ふとした瞬間にパッと何かが閃くことがある。これは情報と情報が頭の中で無意識的に結びつくことで起こるものであり、インプットをおこなわずして視野を広げることはできない。

 

もちろん、たくさんインプットした後にはしっかりと自分の頭で考える期間を持つことも大事であり、一定期間インプットの時間を設けた後は、同じ時間だけアウトプットの時間を設けるのがいいだろう。

人生では何が生き方を決めるきっかけになるのかはわからない。生き方がわからないときは徹底的にインプットをおこない、視野と世界を最大限に広げた上で、その中から自分の価値観に合ったものを選択するのがおすすめである。

 

他人の生き方を真似してみる

生き方がわからなくなった時にするべきことの最後は、「他人の生き方を真似してみる」だ。

これは一つ目に述べた「自分の価値観に従って生きる」とは正反対のものだが、実は他人の生き方を真似することの中には学びが多かったりするのだ。生き方を真似する相手としては、自分が憧れている人がベストであり、「できることなら自分もこうした生き方がしたい」と思えるような人の生き方を真似するのがいいだろう。

 

実際に他人の生き方を真似してみるとわかるのだが、当然のことながら自分と他人の価値観は異なっているため、生き方を真似しているとどこかしらに違和感を感じる。人は一人ひとりストレスの耐性も違うし、何に幸せを感じるかも違う。

生き方を真似することで改めて「自分と他人は違う」ということを実感することができ、一つ目に述べたように、自分の価値観というものがハッキリとわかるようになってくる。普段は自分の価値観がわからずとも、価値観に合わないことをあえてすることで、自分の価値観を浮き彫りにしてわかりやすくさせるという消去法的なやり方だ。

 

実際、生き方がわからない時は自分に合う生き方を探すよりも、自分に合わない生き方を消去していき、残った生き方に従って生きるほうがより簡単に生き方を見つけられるだろう。

他人の生き方は真似するべきではないが、真似するべきではないからこそ、そこには新しい発見があったりもするのである。

 

【まとめ】生き方を決めるのは自分

ここでは人生の生き方がわからない時にするべきことについてまとめてきた。実際、なんでもできる現代において生き方がわからなくなってしまう人はとても多い。学校からは実生活に役立たない知識ばかり頭の中に詰め込まれ、もっとも大切な「生き方」については誰も教えてはくれない。

人生はそれなりに長く、生き方がわからなくなってしまうと生きること自体が苦痛に感じてしまうことも少なくないだろう。現代では生き方がわからない人に加え、生きづらさを感じている人も年々増えているのが事実である。

 

しかし何度も述べているように、結局のところ生き方というのは自分で見つけるしかないのである。そのためには、自分の価値観に従って生きてみたり、インプットをたくさんおこなったり、他人の生き方を真似してみるなどの方法が効果的ではあるが、最終的に生き方を決めるのは紛れもなく自分自身だ。

「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という言葉のとおり、生き方も他人から提示されたとしても、最後に選ぶのは自分自身である。人生の生き方がわからない時は、ここで述べたように、まずは自分に合わない生き方を排除し、残った生き方をしてみるようにしよう。生き方はいつでも修正できるのだ。

 

おしまい。








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