人の役に立ちたいと思ったときに考えるべきこと。




多くの人は毎日忙しい日々を過ごしており、目の前の仕事や人間関係、精神的なストレスや肉体的な疲労に振り回されながら生きているだろう。そうした中で、毎日同じような日々を過ごしながら、自分が生きている意味や人生の意味について深く考え込んでしまうことも少なくない。

「自分は一体なんのために生きているのか」

「このままなにもせずに生きて何か意味があるのか」

現代ではこうした悩みを抱いている人が急激に増えている。

 

しかし、それと同時に「人の役に立ちたい」「誰かの役に立ちたい」「社会の役に立ちたい」と思う人も増えてきており、自分のためだけに生きることに疲れを感じている人も多いのだ。人間は元々社会的な動物であるため、人とのコミュケーションは必須であり、社会とのつながりを持つことはとても大事である。

人の役に立つことは充実感と満足感を感じられるものであり、結局のところ、人生に生きがいを感じるためには「他人の役に立つこと」がもっとも簡単で効果的な方法となる。

ここでは、人の役に立ちたいと思ったときに考えるべきことについてまとめていく。



人の役に立ちたい気持ち

さきほども述べたように、人間は元々社会的な動物であるため、誰しも「人とつながりたい」という欲求を持っている。そうした欲求は一般的には「社会的欲求」と呼ばれており、人は誰しも社会とつながり、人とコミュニケーションをとり、人の役に立ちたいという欲求を持っているのだ。

人がどのようにして幸せや喜びを感じるのかを考えれば、「人の役に立ちたい」「社会の役に立ちたい」という社会的欲求を満たすことにより、人生がより充実したものになることがわかるだろう。

 

今まで自己中心的に生きてきた人であっても、ふとした時に自分のためだけではなく、「誰かのために生きたい」「人の役に立つことがしたい」と思うときが必ず来る。それは人間として生まれつき備わっている欲求であるため、社会の中で生活していれば意識せずとも自然と湧いてくる欲求なのである。

しかし、多くの人は「どうすれば人の役に立てるのか」について真剣に考えることはしない。ただ漠然と「人の役に立ちたい」と思うだけで、実際に行動を起こして誰かの役に立つ行動をする人はごくわずかである。

 

では、なぜ多くの人は人の役に立ちたいと思っているのにも関わらず、行動を起こすことができないのか。その原因の多くは、「人の役に立つ方法がわかっていないから」であり、詰るところ「やりたいことがないから」である。

 

やりたいことで人の役に立つ

やろうと思えばなんでもできる現代において、やりたいことがないと悩む人はとても多い。さきほど述べたように、人は「他人の役に立ちたい」「誰かの役に立ちたい」と思うけれど、やりたいことがないために人の役に立つ方法がわからないと悩む人が多いのだ。

普段から自分の好きなことややりたいことをやっている人は、「やりたいことがないのが信じられない」とよく言うが、やりたいことがないと悩む人の悩みは、やりたいことをやっている人には理解できないのが事実である

 

やりたいことをやっている人からすれば、「やりたいことなんていくらでもある」と思うかもしれないが、そもそも人によって今までどういった生き方をしてきたのか、どんな考えを持ちながら生きてきたのかが異なっているため、「やりたいことがある人」の考えを「やりたいことがない人」が完全に理解することはできないのだ。

しかし、だからといって、やりたいことがない人に対してやりたいことをやっている人が伝えられることが何もないわけではない。やりたいことがないことは人生において時につらく苦しくなったりするが、誰でも考え方を変えるだけで自分のやりたいことを見つけることができるのだ。

 

そしてその後で、やりたいことと人の役に立つことを結びつけ、自分のやりたいことをやりながら人の役に立てばいいのである。自分のやりたいことを考えるとき、多くの人は自分の好きなことや得意なこと、興味があることややってみたいことを支点に考えていくだろうが、「人の役に立ちたい」「誰かの役に立ちたい」と思っている人がやりたいことを見つけるためには、自分の好きなことを考えるだけでは足りない。

というのも、人の役に立ちたいという社会的欲求を満たすためには「承認欲求」と「自己満足」を同時に満たすことが重要になるのだ。



人の役に立ちたいと思ったときに考えるべきこと

現代でやりたいことがなく、人の役に立てないと悩む人は多い。

一般的には、人の役に立っている人は自分のやりたいことを通して誰かの役に立っているケースがほとんどだ。たとえば、仕事でいえば「人の役に立つ仕事」は世の中にたくさんあり、介護職や接客業、人とのコミュニケーションを通じる仕事などはまさに人の役に立っている仕事の代表格である。

 

自分がしたことに対して、相手から「ありがとう」と言われればそこにはやりがいが生まれ、自分は人の役に立っていると実感するだろう。つまり、やりたいことをやっている人は「人の役に立っている」と実感しつつ、人の役に立っていると感じている人は「やりたいことをやっている」ということだ。

しかしこれでは、やりたいことをやっていない人は人の役に立てないという結論になってしまう。でも心配はいらない。やりたいことがない人でも人の役に立つ方法はある。そこで大事になるのが、さきほど述べた承認欲求自己満足である。

 

承認欲求と自己満足

近年SNSの普及に伴って、「承認欲求」という言葉をよく聞くようになった。承認欲求とは「人から認められたい」「他人から必要とされたい」という欲求のことであり、元々はアドラー心理学から伝わってきた概念でもある。それに対し「自己満足」とは、ただ自分がやっていて満足できる行動のことである。

誰かの役に立ちたいと思ったときは、承認欲求と自己満足の二つの欲求を満たす必要があり、自分の好きなことを通して他人から認められることが大事になる。

 

承認欲求とはその言葉のとおり、人から承認されることで満たすことができ、自己満足は自分が満足を感じることをすれば満たすことができる。だが、人の役に立っていると実感するためには、承認欲求と自己満足のどちらか一方を満たすだけでは足りず、両方を同時に満たす必要があるのだ。つまり、自己満足を感じることをしつつ、他人から認められることが必要となる。

人の役に立ちたいと思う人がまず考えるべきことは、自己満足と承認欲求を同時に満たせるものを探すことであり、自己満足は自分が好きなことをベースにし、承認欲求は自己満足を感じるものを通して探すのがおすすめだ。

 

やりたいことを価値で決めない

ここまで述べたように、人の役に立ちたいと思ったときにはやりたいことを通すことが大事である。しかし、そこには一つ注意点がある。それは、やりたいを価値で決めないということだ。

たとえば「ゲームが好き」といった、一見、人の役に立ちそうもないことであっても、ゲームをすることで自己満足を満たし、YouTubeのゲーム実況で配信を見ている人を楽しませることができれば、他人からの承認を満たすことができ、結果として人の役に立つことができる。

 

一般的には、ゲームをすることよりも、曲を作ったり本を書いたりすることのほうが価値があると思われているが、価値というのは他人から認められているかどうかによって決まるものであり、その価値は表面的な価値であって本質的な価値ではない。

人の「好きなこと」の間には本質的な価値の差は存在せず、ゲームをすることと作曲すること、本を書くことと写真を撮ることの間にはなんの差も存在しないのだ。

 

ゲーム実況で何万人も視聴者がいて、その多くが配信を見て楽しんでいるのであれば、ゲームすることに価値が生まれる。その一方で、曲を作ったり本を書いたりしても、誰も見たり聞いたり楽しんだりしないのであれば、そこに価値は生じない。

表面的な価値は「どれだけ他人の役に立っているか」で測れるが、本質的な価値はどんなことであっても変わらないのである。つまり、人の役に立ちたいと思ったときは「なにをするか」ではなく「どう他人から認められるか」が重要になるのだ。

 

社会的欲求を満たす幸せ

人がふとした時に感じる「人の役に立ちたい」「誰かの役に立ちたい」「社会の役に立ちたい」という欲求は、人間に生まれつき備わっている社会的欲求である。

社会的欲求は食欲・性欲・睡眠欲の三大欲求と比べても遜色がないぐらい非常に強い欲求であり、その中でも承認欲求は現代人の多くが振り回されている欲求でもある。

 

しかしそれは逆に、社会的欲求を満たすことができれば人生や自分自身に満足できるということでもあり、社会的欲求を満たすことが幸せへの一番の近道であるともいえるだろう。

何度も言うように、なんでもできる現代でやりたいことがないと悩む人は多いが、やりたいことを探すよりも人の役に立てる方法を探すほうがずっと簡単で楽である。

 

承認欲求と自己満足は社会的欲求を満たすために必要なものであり、人の役に立ちたいと思っている人は「承認欲求」「自己満足」、そして「社会的欲求を満たす幸せ」について考えるのがいいだろう。

 

【まとめ】人の役に立つのは意外と簡単

「人の役に立つ」と聞くと、一見難しいことのように考える人が多い。「好きなこともやりたいこともない自分が、他人の役に立つことができるのだろうか?」と悩んでしまうのだ。

しかし、実際には人の役に立つのはそれほど難しいことではない。自分がただ好きなことをやっているだけで誰かの役に立っていることも少なくないのだ。スポーツ選手などが一生懸命頑張る姿に勇気づけられるのは、まさにその最たる例だろう。

 

人の役に立つことは人生においてとても大事だ。「人は一人では生きていけない」というのは使い古された言葉ではあるが、人間が社会的な動物である以上、一人で生きていないことは認めざるを得ない。とはいっても、「人の役に立たなきゃ!」と必死になる必要はない。

考えるべきは、自分の幸せを人とのつながりに結びつけることだけだ。もちろん、それは言うは易し、行うは難しである。人の役に立ちたいと思っている人は、自分自身と社会、そして他人を結びつけるものを見つけてみよう。人の役に立っている状態というのは、目指すべきものというよりも、気づいたら「なっている」ものなのである。

 

おしまい。








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