【平均回帰とは?】平均への回帰をわかりやすい例で解説。




日常生活の中で、前に一度うまくいったことをもう一度やろうとし、あえなく失敗してしまったという経験をしたことがある人は多いだろう。あるいは、他人のすごい姿を見て、その姿こそが本人の実力であると勘違いし、後になって失望したという経験をしたことがある人もいるはずだ。

こうした現象は統計学用語で「平均への回帰」といい、私たちの人生や日常生活の中に溢れている。平均への回帰の概要は以下のとおりだ。

 

平均への回帰とは、1回目の試験結果が偏っていた対象について2回目の試験結果を調べると、その平均値は1回目の測定値よりも1回目全体の平均値に近くなるという統計学的現象をいう。

引用:平均への回帰 – Wikipedia

 

わかりやすく言い換えると、一回目の結果が平均よりも良かった場合、その結果は偶然によるものであると考え、二回目の結果には偶然がおこらず平均値に落ちつくという現象のことである。

この平均への回帰という概念は、かの有名な生物学者のチャールズ・ダーウィンの従兄弟であるフランシス・ゴルトンによって提唱されたものであり、ゴルトンが子どもと親の身長の関係性に調べているときに発見した概念である。

 

一般的に平均への回帰は、統計学などのデータに対して応用するものだが、ここではややこしい統計学の話は一切抜きにし、私たちが経験する人生の出来事に対して平均への回帰の観点から考え、わかりやすい例で解説していく。

 


日常生活に溢れる平均への回帰

さきほども述べたように、平均への回帰とは平均とは違う結果が起こったときに、その結果は偶然であると考え、次の結果は平均値に戻る、つまり回帰する現象のことを言う。

ここからはまず、日常生活の例から平均への回帰について考えてみよう。

 

私たちの日常生活は決して安定したものではなく、毎日なにかしらの予想外の出来事がたくさん起こっている。

社会の中だけに限らず個人に注目してみても、自分が経験している生活は毎日同じことの繰り返しのように見えて、細部まで目を凝らしてみると一日たりとも同じ日がないことがわかるだろう。

 

朝起きて通勤し、仕事をこなして帰宅する。簡潔に述べてしまえば私たちの生活はそれ以上のなにものでもない。休日は仕事がないので自分の好きなように過ごせるが、その限られた休日もよくよく考えてみれば、いつも似たような休日になっていることが多いはずだ。

そしてさらに全体的な視点から眺めると、日常生活というものは休日を目指して仕事をしているだけに過ぎないことに気づくだろう。

 

私たちの生活を単純化してしまえばそのような無味乾燥なものになってしまうが、はじめにもいったように、実際には一日たりとも同じ日を過ごしていることはない。

いつもは朝ギリギリまで寝ていたとしても、ある日はいつもより早く目が覚めて気分がいいかもしれない。仕事が終わらなくていつも残業になっていたとしても、今日は早く仕事が終わりたっぷり余暇を楽しめるかもしれない。

 

私たちの日常にはまったく同じ日というのは存在しなく、細部に必ずどこかしらの違いがあるのだ。

これを平均への回帰の視点からとらえると、いつもギリギリまで寝ている(平均)⇒ある日は早く目覚める(平均とは違う出来事)⇒次の日はいつもどおりギリギリまで寝ている(平均回帰)という具合になる。

 

もちろん、日常生活に潜む平均への回帰には寝起き以外にもさまざまなものがあるだろう。自分の生活習慣を振り返ってみても、いくつか平均より逸脱した出来事が起こった日を思い出すことができるはずだ。

 

仕事の中で見られる平均への回帰

何度も言うが、平均への回帰はいつもとは違う結果が起こったときに、平均とは違う出来事から再び平均へと戻る現象のことを指している。

さきほどの日常生活の例でいうと、ある日たまたま早く起きた日というのが平均とは違う出来事であり、次の日にいつもどおりギリギリまで寝ているというのが平均への回帰である。

 

平均への回帰現象が起こる前には必ず平均とは違う出来事が起こり、一般的にはその次にはかなりの高確率で平均値に戻ることになる。

これは仕事での成功や偶然、運といった現象を説明するときに応用であり、たまたま仕事で成功した、結果を出せた、上司から褒められたというのは平均とは違う出来事が起きたときのことを表している。

 

しかし、ここで気をつけなければならないのは、多くの人は平均とは違う出来事が起こったときに、その出来事が起こったのは自分の実力であるかのように勘違いしてしまうことが多い点である。

たとえば、仕事でなにかしらの結果を出したのは単なる平均とは違う出来事が起こった偶然であったとしても、本人は自分の実力によって結果を出したのだと思い込んでしまうのだ。

 

スポーツ選手の例でも、ある日の100mのタイムがいつもより1秒早くて代表選手に選ばれたとしても、そのタイムは単なる平均とは違う出来事のたまたまであり、代表選手として走ったときのタイムは平均回帰により1秒程度遅くなってしまうということがよくある。

現代のSNSでバズった人やインフルエンサーという人たちの例では、まさに平均とは違う出来事が起こって成功したときに、運や偶然を考慮することなく自分の実力だと勘違いしている。

 

運によりSNSに投稿した動画や投稿がたまたま注目を集めたにも関わらず、それを自分の才能や先見の明によるものだと実力を過大評価し、自分は周りよりもすごいのだと言い聞かせるのである。

しかし、実際には単なる偶然やたまたまだったのだから、その後に続く投稿や動画が同じく注目されることはなく、以前のように誰からも注目されない結果が後に続く。

 

世の中の一発屋だのなんだのと言われている人たちは、まさに平均への回帰の罠にハマり、平均へと回帰していくとともに肩身を狭くしながら静かに世間から退場していくのである。

 


平均への回帰に騙されないようにする

ここまで日常生活と仕事を例に出して、平均への回帰について見てきた。実際、平均への回帰の罠は私たちの人生のいたるところに溢れている。

たまたまうまくいく日があるおかげで、頑張っていればいいことがあると自分に言い聞かせ、人生に大きな期待を抱きながら生きていける。平均とは違う出来事が起こらなかったら、私たちの日常は無味乾燥としたものになり、なにも楽しいことを感じられず毎日生きるのがつらくなってくるだろう。

 

仕事がうまくいく日があればうまくいかない日もある。しかし、長期的な視点から見れば、仕事の成績や結果は平均への回帰によりいたって平均的な仕事の成績に落ちついていく。

恋愛や人間関係でうまくいかない日があったとしても、しばらくすれば恋人と仲直りして周りの人たちともうまくやっていけるようになる。

 

だが、忘れてはならないのは、平均とは違う出来事や結果は、自分の実力ではなく運の要素が強いということだ。

いつもとは違う出来事や結果を自分の実力だと思い込んでしまうと、人生の大きな決断を間違ってしまうかもしれない。副業での活動がたまたまうまくいっているだけなのに本業の仕事をやめたりすれば、いざ平均への回帰が起こったときに副業のほうがうまくいかなくなり、仕事や生活に困ってしまうかもしれない。

 

人生の中で、一定期間うまくいっているだけで自分の実力だと勘違いするのは極めて危険であり、そうした時期に人生の中で重大な決断を下してしまうと痛い目を見てしまう。

平均とは違う出来事が起こればほぼ確実に平均への回帰も起こる。一時的に注目されていた人は平均的な結果へと回帰したときにメッキが剥がれ、実力のない平凡な自分をさらけ出してしまうのだ。

 

平均への回帰のタチが悪いのは、平均とは違う結果を出したときだけ注目が集まり、いざ本当の実力を発揮したときに大したことないと思われてしまうことだ。

人間は目立ったものや普通とは違う出来事に注目してしまうであり、運を実力だと勘違いせずにいるのはかなり困難である。だが、人生で痛い目や失敗や後悔を減らすためにも、常に自分の本当の実力を把握しておき、平均への回帰で騙されないようにしておきたいところである。

 

おしまい。








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